2008年8月29日金曜日

ウスリースク便り(87)

 O 蛇口修理

 6月から、浴室のボイラーの蛇口から少し
お湯が漏れていました。夏休み中も修理をし
てもらえなかったので、再度国際部長に依頼
にいきました。

 施設係に依頼するのを忘れていたらしく、
すぐに学生寮の1階にある施設係主任のとこ
ろへ連れて行ってくれました。

 係主任に蛇口(клан クラン)からお湯が
でていることをジェスチャー入りで説明し、
了解してもらいました。

 ロシア語のクランは、オランダ語のカラン
からきているようで、温泉や銭湯の大きな
蛇口を日本でもカランと呼んでいます。

 今から、すぐに修理にむかうので、駐車場
で待つように言われました。駐車場で待って
いるとスクールバスが迎えに来ました。バス
の運転手の他に50代の施設係の人と20代
の若者が乗っていました。

 大学からバスで10分の所にある、我が家
まで案内しました。修理は蛇口のパッキンの
部分の部品を交換するだけで15分程度の作業
で終わりました。

 日本であれば、修理係りの人が車を運転し
て一人でやって来て、一人で直して帰ってい
くことでしょう。

 ロシアではこの作業を3人で行っているの
です。50代の係りの人は、必要な用具や部
品を手渡すだけで、実際の作業は20代の人
が全て行いました。

 ソ連時代からの慣習からか、それぞれの仕
事の分担が決まっていて、それぞれの仕事の
領域には踏み込まないようです。

 このような非効率な組織や制度がロシアの
大学には、今も残っていることを感じること
が多くあります。



 

2008年8月28日木曜日

ウスリースク便り(86)

 O ブログ再開
 ワーキングビザ取得のため、14日(木)にウスリースクに来ました。
18日(月)に滞在登録(レギストラーツィア)を済ませ、20日(水)
に非エイズ検査証明書、写真を用意して申請してもらいました。

 25日(月)にワーキングビザを受け取ると、10月31日(金)まで
の2ヶ月間の延長が認められただけでした。旧ビザに延長期間がかかれ
スタンプが押されただけのものでした。

 2ヶ月の延長であれば、非エイズ検査証明書も写真6枚も必要なかった
はずです。

 ウラジオストクの日本語教師に対するビザ発行も遅れているそうです。
早い人で9月中旬、遅い人は11月になってからの赴任になるそうです。

 今年の4月に法律が変わり、ワーキングビザの更新をモスクワで一括
して行うことになったのと、ワーキングビザの総発行数に規制をかけて
いるためということで、私のビザも11月以降更新されるのか心配に
なってきました。

 当地では、8月の中旬から涼しい日が続いていて、午前7時と午後7時
の気温が20度前後です。日中は30℃を越す日もありますが、この
1週間は25℃前後で、湿度が低いこともあって木陰に入るとさわやか
な風が吹いてきて、とても心地よく感じます。

 10月までは滞在延長が認められたので、またブログを続けて書こう
と思っています。

2008年7月2日水曜日

ウスリースク便り(85)


 O 帰国準備

 明日、帰国します。現在サマータイム実施中なので、日本との時差は2時間です。14;50分発のウラジオストク発新潟行きは、日本時間の14;30に到着します。夏はウスリースク発11;30発のアルチョン行きのバスに乗ってウラジオストク空港で下車すると、ちょうど2時間前に空港に行くことが出来ます。

 朝7時起床で、8時から洗濯。日本から持ってきた洗剤をちょうど使い切りました。寝具類を干して一休みしていると近所の子ども達が遊びに来ました。一ヶ月ほど前に釣りをしていた子どもたちと友だちになり、そのうちの一人が私のうちのすぐ上に住んでいることが分かり、時々遊びに来るようになりました。

 先日は、イチゴとりんご、きょうは帰国前日ということで、ピザの差し入れをしてくれました。私のほうでも、スーパーでアイスクリームをまとめ買いして冷凍庫に冷やしておいてあるので、それを楽しみにやってくるようです。

 10時から血液検査所に行き、ビザ申請のための非エイズ検査証明書を発行してもらい、大学へ。ビザの手続きが大幅に変わり、ワーキングビザの更新はモスクワで行われることになったため、書類を作成してもらいました。8月20日{水)までに申請すれば、ワーキングビザが発行されるとのことでした。

 ビザの更新が可能かどうか分からなかったため、一時は持って帰ろうと思って用意した荷物は半分になり、スースケース(大)1個だけですんでしまいました。卒業生から電話があり、映画 Секс в большом город
(セクスアンドザシティ)を見に行くことになりました。アメリカの人気TVドラマを映画化したものでニューヨークに住む4人の女性を描いたものでした。2時間を越える時間も退屈することも無かったのですが、全てロシア語に吹きかえられているので、細かい所は分からないところもありました。

 映画を見る前に、映画館2階にある、サロンでお茶やソフトドリンクを飲み、映画が終わるとあっさり分かれとなりました。韓国語科卒業の4人の学生には、いろいろなところに連れて行ってもらったり、家にも遊びに来てもらうなど本当によくしてもらいました。感謝の気持ちで一杯です

2008年7月1日火曜日

ウスリースク便り(84)

  O モルモン教会

 2年前にウスリースクのメインストリートを歩いている時に、スーツを着てネクタイを締めた二人ずれの若者に会ったことがわかりました。声をかけてみると案の定アメリカからモルモン教の普及にやってきたとのことでした。日本での布教と同じように、英語を教えることによって信者を増やしていく方法です。その時にはもらった連絡先のカードを紛失してしまったために、一回も行かずに終わってしまいました。

 今回は、卒業生のアンナさんの誘いもあって集まりに行って見ました。彼女は英語が上手で、授業でも日本語が他の学生が分からない時には、通訳の仕事を引き受けてくれました。夜の6時からは英語を教えていて、モルモン教に関する話は、7;30からとのことでした。

 集まりのあった場所は、以前韓国からプロ棋士が来たときに一緒について行った韓国系の在露韓国人支援団体が入っているビルの2階でホールはは広く、清潔でした。小学生の女の子が3人、中学生の女の子が3人、20代のロシア人の男性が2人、30代と思われる、ロシア人男性1人と女性1人、50代の男性と女性が2人とアンナさんとヴァレンティーナさんと私で15人になりました。

 最初は、シュヴァイツアー博士の言葉の紹介とロシア語訳{参加者が訳す)がしめされました。
  In everyone's life, at some time, our inner fire goes out. It is then burst into flame by an encounter with another human being. We should all be thankful for those people who rekindle the inner spirit.

 英語の授業の時は、宗教色は一切ありませんでした

エルダーと呼ばれる若者が二人で組んで、単語、語句の説明をし、その後でロシア人にロ最後訳を求めていました。そのあとで、新しい語{名詞5、形容詞5、動詞5)の導入とphraseを使っての会話、最後に参加者同士の自己紹介と会話が行われました。

 授業は、楽しい雰囲気の中で、行われ、教え方も上手で楽しいものでした。私には、ロシア語の勉強にもなりまた出てみたい気もします。英語の授業が終わると15名中9名{私も含む)が、モルモン教の教えを聞かずに退席しました。二人のエルダーは嫌な顔もせずに出口まで見送りに来て、歓談。二人は日本の渋谷でも布教していたことが分かりました。英語を無料で習うということに徹することができれば、モルモン教会もまた楽しいものです。

 

2008年6月30日月曜日

ウスリースク便り(83)

  O 卒業式パーティー

 卒業式当日、卒業パーティーが開かれました。韓国語専攻のヴィクトリアさんからもらった案内のカードには、夜の8;30からレーニナ通りのレストラン・シジモイ・ニエバ(седьмой небо 七番目の空)で行われると書いてありました。

 卒業式会場の陸軍の大劇場から大学まで、カーチャさんのお母さんの車に乗せてもらいました。「先生は、きょうのパーティーに来ますか。」と聞かれて、場所を聞くと同じシジモイ・二エバの4階とのこと。開始時間を聞くと9;00からということでした。

 去年のパーティーは、韓国語専攻学生と中国語専攻の学生が、同じ時間に違う場所で開いたために、教職員も二分され、学部長と、副学部長は両方のパーティーを掛け持ちしていました。

 結局始まったのは、9;30からで、それでも全員が揃わないうちに始まりました。{ロシア時間)
中国語科と韓国語科の主任の挨拶の後、学部長の挨拶と乾杯の音頭で、シャンペンやビールやジュースなど、それぞれが好きな飲み物を注文して乾杯します。

 パーティには音楽と司会と余興を担当する専門家が3人いて、手際よく進んで行きます。一時間もしないうちにディスコ・ダンスが始まり学生に促されてダンスの輪の中に入れられます。学生のパーティーではダンスがつきもので、食事の他に踊りのできるスペースの広いレストランが選ばれます。この店の1・2階は中華料理の店で、3・4階は無国籍料理でパーティーのできる大きなフロアがつています。

 3曲ぐらい音楽がなり、ダンスが終わるとまた乾杯になります。アントン{中国語専攻)君は日本語履修者の中の唯一の男子学生で、なかなか酒の勧め方が上手でついつい飲まされてしまいます。酒が強い方ではないので、ウオッカを少し飲んだ後、ワインを小さなグラスで飲んでいるのを見て、猛烈な勢いで注意されました。アルコールの度数の強いものから弱いものへと変えるることは厳禁とのことでした。

 一度、ウオッカを飲んだら、ウオッカを飲み続けるか、それより強い酒を飲まなければなりません。ウオッカで一番アルコールの度数の低いものでも40度もあります。彼や女子学生の飲み方を観察してみると、ウオッカグラスで乾杯した後は、それと同量かその倍ぐらいの量のフルーツジュースを飲んでいます。パーティー終了までには20~30杯ぐらいは乾杯するので胃を保護し悪酔いしないための長年の智恵なのかもしれません。ちなみに、水割りや、ウオッカを飲んだ後にすぐ水を飲むのも体に良くないと注意されます。

 食べては、踊り、乾杯し、余興に興じ、また乾杯、夜中の1時までは付き合ったのですが疲労と睡魔のために途中での退散となりましたが、日本語履修学生7人が出口まで見送りに来てくれました。ここでのパーティーは2時までで、その後二次会で朝の5時まで盛り上がったとのことでした。

 教職員では、2時まで学部長と秘書が付き合ったそうですが、さすがに二次会までは付き合えなかったとのことでした。翌日は朝の9時まで熟睡しましたが、疲労はまだとれていません。
 

2008年6月29日日曜日

ウスリースク便り(82)

 O 卒業式

 今年度の卒業式が、陸軍所有の大劇場で、28日(土)に行われました。卒業式の開始予定時刻を10分過ぎて、式が始まりました。(ロシアタイム)初めに司会者2名(男子学生と女子学生で今年度の卒業生)から来賓の紹介があり、市の教育担当の部長(女性)から祝辞がありました。

 次にこの女性部長から、市の活動(ヴォランティア活動)に参加し、功績のあった卒業生が表彰されました。日本語履修者の中からは、韓国語専攻のヴァレンティーナさんが「子どもたちに韓国の踊りを教えていること」が認められ表彰されました。

 次に学長が挨拶に立ち、卒業生と両親、教員への祝辞、謝辞が述べられ、今年度で学長の職を下りることを表明し、次期学長の紹介と、その挨拶がありました。現副学長が平服で卒業式に参列していて、私のすぐ後ろの席に座っていたので、不思議に思っていました。次期学長が現副学長にかわって、卒業生の呼名を行いました。

 各専攻ごとに卒業生が呼名され、学長から赤い卒業証書を手渡されます。最初に物理専攻の学生が表彰されました。14名中4名が男子学生で各専攻の中で最も男性の割合が高かった専攻です。実は、ここで呼名され表彰を受ける学生は成績優秀者だけで、5段階評価で5か4(4の数には専攻により決まりがある)で、かつ卒業論文の評価が5であるなどの要件があります。

 日本語履修者9名の中で成績優秀者として表彰されたのは、前述のヴァレンティーナさんとM.エカテリーナさん(中国語専攻)の二人だけでした。マーシャさん(中国語専攻)は卒業論文の評価が4であっために成績優秀者に該当せず、そのためか、卒業式にも、卒業パーティーにも出席していなかったのが気になります。

 日本の卒業式と全く違う所は、この専攻ごとの学生の合間に、学生による歌、踊り、寸劇、漫談などが行われることです。また、成績優秀者に選ばれなかった卒業生がこの中に多数参加していることです。この大劇場での卒業式のあとで、大学に行き専攻ごとに卒業生に卒業証書が授与されたそうです。

 最後に、卒業生の中で在学中の課外活動で、優秀な成績を収めた学生が表彰されました。M.エカテリーナさんは、昨年度ウラジオストクで行われた日本語弁論大会の暗誦部門第一位で表彰されました。ヴァレンティーナさんは、昨年イルクーツクで行われた韓国語弁論大会のスピーチ部門第一位で表彰されました。

 卒業式の所要時間は2時間30分、その半分以上は学生の歌や踊りによるものでした。日本人の感覚では、全員の学生が卒業式に参列できないことや、厳粛な卒業式には場違いなコントなどもあり、時間も長すぎることから、卒業式のあり方としては疑問もありますが、参列した学生や両親、家族は満足していた様子なのでロシアの大学の卒業式としては普通の形式なのでしょうか。

2008年6月26日木曜日

ウスリースク便り(81)





  O 続ウスリースク案内 (81)

 公園をレーニンナ通り側に出ると、右手にシベリアの 陸軍司令部があります。ウスリースクに陸軍が駐留していて、徴用去れた新兵の訓練もウスリースクで行われます。司令部から西へ10分弱のところに陸軍が所有する3階建ての立派な劇場がります。陸軍の所有する劇場は、他にモスクワにあるだけです。

 陸軍司令部の西側、二クラソーバ通りをはさんで反対側に、ウスリースク国立教育大学東洋学部があります。途中にあるレストラン(プールバール)で、コーヒーとケーキを注文。(写真)
昨日は、試験期間で、試験がなかったこともあり、学内には学生は殆どいませんでした。私は、男性なので女性トイレは入れないので、1階にある女性用トイレを撮影してもらいました。

 想像した通り、2階にある男性用トイレと比べると、ずっときれいで、問題はありません。(写真左)きょう大学に行ってみると2階の掲示物や剥がされ、壁面の汚れや、凹凸の修復工事が始まっていました。この夏休み中に2階の男性用トイレの修理が行われるといいのですが。

 食品類を買うので、スーパー5+(ピャーチ・プルス)へ行きました。ワイン、肉、ケーキなどを購入しました。(5+ハウスリースクの消費者団体から5年連続して最優秀店舗として表彰されています。)ディスプレイの方法などはアメリカのスーパーから学んだようです。(店内写真撮影禁止)

 REIKO先生とMAIKO先生にウラジオストクとウスリースクとの比較をしてもらいました。

1)ウラジオストクより車や人が非常に少ない。
2)歩道の幅が広いので歩きやすい。
3)坂がないので楽である。
4)木や花や草が多いので、散歩が楽しく出来る。(大学まで公園内を通ってさんぽしました。)
5)ウラジオストクより物価が安い。(最近値上がりしたものが多いのですが、、、、、、、。
6)大きなスーパーがあって、品物の種類が多く、値段も割安で、陳列の仕も良いので買い物が楽しい。
7)5+内でパンを焼いて売っていて、種類も多く値段も高くない。